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エデンの園の中央には

エデンの園の中央には神によって2本の樹、すなわち、その実を食すと永遠の命を得ることができる生命の樹と、知恵(善悪の知識)を得ることができる知恵の樹が植えられていた。この内、知恵の樹の実の方は神によって食べることを禁じられていた(禁断の果実)。知恵の樹の実を除いて、エデンの園に生る全ての果実は食べても良いとされていた。

しかし生命の樹の実と知恵の樹の実、二者択一の内、蛇にそそのかされたとはいえ、人類は禁じられていた知恵の樹の実の方を選択して食べてしまったために、善悪の知識を得る代わりに永遠の命を得る機会を失い、神によってエデンの園を追放されてしまう。それ以降人類は必ず死ぬようになったのである。
神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。(創世記2章8節)
神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良い全ての樹を生えさせた。園の中央には、生命の樹、それから善悪の知識の樹とを生えさせた。(創世記2章9節)
神である主は、人に命じて仰せられた。

「あなたは、園のどの樹からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の樹からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2章16-17節)
なぜここで知恵の樹の実を食べると必然的に死ぬようになるのかというと、「知恵の樹の実を食べると必ず死ぬ」と定義づけられているということもあるが、「知恵の樹の実を選ぶということは、永遠の命の象徴である生命の樹の実を選ばないということ」だからである。
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生命の樹と知恵の樹は互いに相反する性質を持つ双対であり、一方の選択肢(バナナ・知恵の樹・必然の死)を選ぶと、もう一方の選択肢(石・生命の樹・永遠の命)を失うというバナナ型神話の構造に由来するのである。言い換えると、「永遠の命を選ばないということは、その対極である必然の死を選ぶこと」なのである。

バナナ型神話においては選択肢は両立しないのである。そしてこの選択は不可逆であり、選び直すことはできない。よって人類は二度と生命の樹の実を得ることができずに、必ず死すべき存在となったのである。

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2009年11月30日 01:23に投稿されたエントリーのページです。

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