2009年12月09日

民間防衛

民間防衛(みんかんぼうえい)とは、武力紛争等の緊急事態において市民によって国民の生命及びインフラストラクチャーや公共施設、産業などの財産を守り、速やかな救助、復旧によって被害を最小化することを主目的とする諸活動をいう。民防と略される。文民保護の機能もある(日本では国民保護に相当)。
戦争・核戦争・自然災害などの大規模な被害が生じうる緊急事態においては、軍隊や警察・消防だけの能力で規模の面から追随出来ない事態が起こりうる。そのため自己の防衛と、火災などの被害の最小化のための民間人による行動の必要性が生じる。この諸活動を民間防衛と呼ぶ。また平時における自然災害や人為的災害に対しても備えるものであり、いわばマルチハザード型の住民の防護体制ということができ、防衛、防犯、防災をも包括した概念である。有事に際しては中央政府の計画及び指導にもとづき、地方自治体の組織の指導によって一般市民が主体となって避難、救援活動に従事するものである。

防護は直接的な被害を防ぐことである。具体的には公共用、家族用の保護施設、掩蔽壕、防空壕(シェルター)がまず挙げられる。また化学兵器、生物兵器の対抗した防護マスク・防護服、また防火装具も人員の防護としてある。建築物の地下化、耐火・耐熱・防火・消火設備の付与、交通機関の耐爆施設化、船舶用の洞窟、航空機の地下格納・掩体も防護手段として考えられる。スウェーデンでは工場の地下化が行われている。
合気道
油彩画
高血圧症
関東
船舶工学
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信越地方
バドミントン
インフルエンザ
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恐竜
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甲状腺疾患
履歴書
近畿地方
犬ぞり

疎開とは人口・建物の密集化を避けて分散することで被害を軽減することであり、防護と対比される。疎開は都市・工場・人口の分散、都市計画の段階における分散、有事における緊急疎開などが挙げられる。また航空機や船舶を緊急退避させることもこれに当たる。
秘匿とは敵が得る情報を最小化することである。偽装・隠蔽などで重要施設の、灯火管制で人的被害を軽減することができる。
ここでの情報とは各種警報の伝達、情報の伝達を言う。情報収集は軍隊が行う。警報は各種の緊急事態を周知させるためのものであり、情報の伝達は応急復旧や救出活動、避難などにおいて必要な情報を適所・適時に伝達することを指す。

2009年11月30日

エデンの園の中央には

エデンの園の中央には神によって2本の樹、すなわち、その実を食すと永遠の命を得ることができる生命の樹と、知恵(善悪の知識)を得ることができる知恵の樹が植えられていた。この内、知恵の樹の実の方は神によって食べることを禁じられていた(禁断の果実)。知恵の樹の実を除いて、エデンの園に生る全ての果実は食べても良いとされていた。

しかし生命の樹の実と知恵の樹の実、二者択一の内、蛇にそそのかされたとはいえ、人類は禁じられていた知恵の樹の実の方を選択して食べてしまったために、善悪の知識を得る代わりに永遠の命を得る機会を失い、神によってエデンの園を追放されてしまう。それ以降人類は必ず死ぬようになったのである。
神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。(創世記2章8節)
神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良い全ての樹を生えさせた。園の中央には、生命の樹、それから善悪の知識の樹とを生えさせた。(創世記2章9節)
神である主は、人に命じて仰せられた。

「あなたは、園のどの樹からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の樹からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2章16-17節)
なぜここで知恵の樹の実を食べると必然的に死ぬようになるのかというと、「知恵の樹の実を食べると必ず死ぬ」と定義づけられているということもあるが、「知恵の樹の実を選ぶということは、永遠の命の象徴である生命の樹の実を選ばないということ」だからである。
昆虫
合気道
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生命の樹と知恵の樹は互いに相反する性質を持つ双対であり、一方の選択肢(バナナ・知恵の樹・必然の死)を選ぶと、もう一方の選択肢(石・生命の樹・永遠の命)を失うというバナナ型神話の構造に由来するのである。言い換えると、「永遠の命を選ばないということは、その対極である必然の死を選ぶこと」なのである。

バナナ型神話においては選択肢は両立しないのである。そしてこの選択は不可逆であり、選び直すことはできない。よって人類は二度と生命の樹の実を得ることができずに、必ず死すべき存在となったのである。

2009年11月26日

ちびっこ大喜利

子役出身の若手俳優など、若年の芸能人を集めた大喜利が定期的に行われていた。ここで座布団10枚を集めたご褒美として「レコードデビュー」を獲得したのが、一世を風靡したずうとるび(山田隆夫、新井康弘、江藤博利、今村良樹)である。ずうとるびメンバーは全員がちびっこ大喜利出演者で、山田が座布団を10枚獲得したことでグループを結成。1974年2月17日にリーダー山田の作詞作曲によるシングル『透明人間』でデビューし、1975年には紅白歌合戦にも出演を果たしている。

往年の名歌手を集めての大喜利。1983年の正月特番で実施。この時は前司会者の三波伸介が急逝したことにより、林家こん平が代理で司会を務めている。この時の参加メンバーは、高英男、大津美子、田端義夫、近江俊郎、松尾和子、林伊佐緒。

2002年と2003年の2回は「新春!笑てん声慎吾」と題し、『特上!天声慎吾』のメンバーと大喜利対決を行った。2002年は笑点側が勝ったため、その後の「天声」を楽太郎メイン、木久蔵と好楽が出演の「天声楽太郎」と改題した。
メタボリックシンドローム
昆虫
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メンバー
2002年:香取慎吾、ウド鈴木、天野ひろゆき、勝俣州和、ゴルゴ松本、レッド吉田、内山信二(座布団運び)
2003年:香取慎吾、ウド鈴木、天野ひろゆき、石田純一、磯野貴理子(現:磯野貴理)、上島竜兵、三瓶(座布団運び)。

2004年・2005年には、演芸コーナーに出演の若手・中堅芸人が大喜利に挑戦。
2004年1月1日…テツandトモ、ダンディ坂野、マギー審司、パペットマペット、はなわ
2005年1月2日…長井秀和、波田陽区、だいたひかる、マギー審司、パペットマペット、カンニング竹山

2009年11月11日

皇国史観

皇国史観(こうこくしかん)とは、日本の歴史を天皇中心に捉え、万世一系の天皇家が日本に君臨することは神勅に基づく永遠の正義であり、天皇に忠義を尽くすことが臣民たる日本人の至上価値であるとする価値判断を伴った歴史観である。

南北朝時代に、南朝の北畠親房が著した『神皇正統記』が、皇国史観の先駆である。江戸時代には水戸学や国学で皇国史観の基礎が作られ、幕末になると尊王攘夷運動の過程で強化された。
壁画
メタボリックシンドローム
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サンバ (ブラジル)
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甲状腺疾患

薩摩藩・長州藩などの下級武士を中心とした勢力が、天皇の権威を利用して新政府を確立したのが明治維新である。「文明開化」と「富国強兵」を推進する明治政府は、「神国日本」を掲げる皇国史観を、正統な歴史観として確立していく。近代国家に必要な政教分離、信教の自由、学問の自由を意識はしたが、実際は祭政一致をかかげ国家神道を国教とするのを基本政策としたのである。自由民権運動への対抗もあり、1889年に制定された大日本帝国憲法では万世一系かつ神聖不可侵の天皇が統治することを明記した。翌1890年には教育ニ関スル勅語(教育勅語)が発布され、国民教育の思想的基礎とされた。戦前の国定歴史教科書は、神武建国につながる日本神話から始まり、天皇を中心に出来事を叙述し、歴史上の人物や民衆を天皇に対する順逆で評価し、天皇の気分や天皇の死で変わる元号で時代を区分した。又、戦前の学校では、宮城遥拝や御真影(天皇の写真)への敬礼も行われた。この風潮は、1930年代に強まり、第二次世界大戦で極限に達した。

2009年10月30日

ダストピックアップ率

ダストピックアップ率とは、IEC(国際電気標準会議)が定めた主としてカーペットの清掃能力を表す指標であり、標準として定められたカーペット面に基準量のスタンダードダストを器具で散布しローラーで押し広げた後、一定の速度・動作・回数で掃除機で吸引し、回収できたスタンダードダストの重量の割合をパーセントで表わしたものである。ただし、ダストピックアップ率の高い掃除機が、日本の畳やフローリングで必ずしも高い清掃能力を発揮するわけではない。このため、ダストピックアップ率がJISでは「じんあい除去能力」と訳され、規定もされているが、JISによる性能表示義務がなく、一般市場では使われていない。

なお、JIS C 9108の「C.1.3.2 試験用じゅうたんの前処理」には次のような注記がある。

高いじんあい除去能力をもった掃除機とは、床用吸込具がモーターで回転するブラシをもつもので吸込仕事率が500W以上のものが望ましい。
碧い瞳のエリス
無垢な心
由奈夏大好き
琉生の大学生活
苺ちゃんスポーツギャラリー
あかずきん
ありがとうが言いたくて
いろんな木の実
おじいさんの秘密
おんどり健康のバロメーター
きまぐれ乗車券 
ゲストハウス
さとうきび畑
すいかちゃんの日記
ダイレクト暮らしブログ
ドラキュラ一族
ハウンドくんの日記
ピクニック・マーチ
フリージア
ホラーマン
吸込仕事率とは、空気力学的動力の最大値、すなわち掃除機の空気を吸い込む能力を表すもので、一般にいわれる吸引力のことである。車に例えれば馬力に当たる。ただし、掃除機の清掃能力はノズルの構造にも大きく依存するので、吸込仕事率に清掃能力が比例するとは限らない。このため、掃除機のメーカーは、吸込仕事率を高める研究だけでなく、清掃能力の高い床用ノズルの開発にも余念がない。一般的に、吸込仕事率の高い掃除機の方が、ひとつのノズルで様々な種類・大きさのゴミや、様々な床に対応することが容易になる。

2009年10月20日

アイヌ音楽

アイヌ音楽は、主に北海道に居住するアイヌが生活文化の中で生まれた音楽である。本項では、録音され、CD、カセットテープなどの媒体によって流通しているものを主に取り上げ解説する。

「音楽」という概念は、近代ヨーロッパで構造化された概念であるため、世界には「音楽」に似た概念を持たない文化、持っていてもどこかずれている文化が存在する。また、現代において民族の文化をワールドミュージックとして紹介される際に、「音楽」の概念に含まれるかが微妙なものも一律に音楽として紹介されることがある。アイヌの場合は、「音楽」に含まれうるものとして「ウポポ」があるが、音楽性も持っているが詞内容が重要でどちらかといえば文学の系譜に属しそうな「ユカラ」もワールドミュージックとして紹介されている。
白雪姫
碧い瞳のエリス
無垢な心
由奈夏大好き
琉生の大学生活
苺ちゃんスポーツギャラリー
あかずきん
ありがとうが言いたくて
いろんな木の実
おじいさんの秘密
おんどり健康のバロメーター
きまぐれ乗車券 
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「ウポポ」とは、歌を意味する。穀物を臼に入れて数人で杵搗きし、製粉、精白する際に唄われるイウタウポポ(杵歌)、舟漕ぎ歌のような労働歌もあれば、踊りながら歌う「リムセウポポ」、数人でシントコ(和人との交易で入手した漆塗りの桶)の蓋を囲み、手で叩いて拍子をとりつつ唄う輪唱「ロック・ウポポ」などがある。いずれにしろ即興性が高いのが特徴である。

昔、トンコリや太鼓がなかった地域では、必ず人が合いの手や手拍子などを返していたので「ウコウクウポポ」(互いに取る歌)とも言われる。現在ではほとんどの地域にトンコリや太鼓が普及したのでそれらが人間の代わりをすることがある。

2009年06月20日

細胞接着を担う膜タンパク質

細胞接着を担う膜タンパク質(cell adhesion molecule:CAM)。アドヘレンス・ジャンクションの形成と維持に関与するカドヘリン、細胞基質接着に関わるインテグリンが、代表的な細胞接着分子である。ギャップジャンクション、タイトジャンクションやデスモソームにもそれぞれ、コネキシン、クローディン、デスモグレインが接着分子として存在している。さらに上皮、血管内皮、免疫系、神経などの様々な細胞間認識に関わる免疫グロブリンスーパーファミリー分子、白血球の組織分配に関わるセレクチン、神経シナプスの誘導に関わるニューロリギンなどがある。これらの分子は全て、細胞膜を貫通しているか、もしくはGPI(グリコシルホスファティジルイノシトール)といった共有結合で細胞膜に結ばれた膜たんぱく質である。

広義には、細胞外マトリックスにあって細胞-マトリックス接着を誘導する分子であるフィブロネクチン、ラミニンといった分子も細胞接着分子と呼ばれる。

個々の細胞接着分子は、自らが接着する(ホモフィリックhomophilic)もの、他の接着分子と接着する(ヘテロフィリックheterophilic)なもの、細胞間接着を担うもの、細胞基質間接着を担うものがあり、その多彩かつ特異的な接着結合性が細胞の機能にとって重要である。カドヘリンやインテグリンのような典型的な細胞接着分子は、その細胞内ドメインで細胞骨格と結合しており、アクチンフィラメントなどを動員した接着装置を構築している。細胞接着分子は単独で、または複合体を形成し、様々な情報伝達分子(タンパク質キナーゼなど)と相互作用し、細胞形質の制御を行う。細胞外ドメインは力学的な役割だけでなく、細胞外のシグナルを細胞内に伝達する役割を担っており、また、カドヘリンをはじめ多くの接着分子において細胞外に切り出される(シェディング)現象が報告されているが、その詳細は不明な点が多い。
星と光たち
オリンピックの驚き
海のお話
ウサギの秘密
めの付く言葉
音楽歴史
まの付く言葉
バレンタインデー
たばこ禁煙
酒に飲まれて
皮膚科学
為替
アーチェリー
ボイスドラマ
九州
カポエラ
ビオトープ
縄跳び
包装
ソフトボール

膜タンパク質

カドヘリンスーパーファミリー(クラシックカドヘリン、プロトカドヘリン)
インテグリンファミリー
クローディンファミリー
デスモグレイン
免疫グロブリンスーパーファミリー(NCAM、L1、ICAMファミリー、ネクチン)
セレクチン
ニューロリギン、ニューレキシン
細胞外マトリックス

フィブロネクチン
ビトロネクチン
ラミニンファミリー

2009年06月02日

奉天会戦の影響と日露講和への道

奉天を制圧したことにより、会戦の勝利は日本側に帰したとも言えなくもないが、ロシア軍にとって奉天失陥は「戦略的撤退」であった。100年前のナポレオン戦争でもロシア軍が採用した伝統的な戦法であり、欧米のマスコミも当初はこの撤退を「戦略的撤退である」と報じていた。さらにロシア軍と日本軍ではの補給能力に格段の差があった。しかし、クロパトキンが罷免されたことでロシア軍が自ら敗北を認めた形となり、国際的にもそのように認知されることとなった。代わりに総帥として就任したリネウィッチ将軍は、軍隊秩序を乱した者を処罰していくことによって、軍の建て直しに腐心した。ロシア軍は敗北を認めた上で、やがて日本軍に反撃することを意図していたと言える。

ロシア側は奉天会戦に敗北したとは言っても、ロシア陸軍(現役兵の兵力は約200万人で、大日本帝国の約10倍)はいまだ半分の動員しか行っておらずまだ健在であり、またインド洋にはバルチック艦隊が極東への航海の途上であり、陸海軍ともに継戦能力はまだ十分にあった。
矯正 内職 住まい 健康 占い 生活習慣病 リサイクル プリスクール ゲーム 海外留学 遊園地 ダイエット 関東 若返り 在宅 料理 SOHO 介護 わきが 植物 アロマ インテリア ステイ 観光 外国語 交通 美容 興信所 理容 キャッシング 家具 アロマ 起業 グルメ わきが 自動車 アロマ 古着 語学 楽器教室 楽器教室 宿泊施設 ダイエット クレジット 若返り 探偵 お祝い アロマ 暮らし 美容整形

奉天会戦勝利の報に日本中は沸き返り、さらに戦争を継続すべしという声が上がっていた。大本営は、奉天会戦の勝利を受けてウラジオストクへの進軍による沿海州の占領を計画し始めていた。また、4個師団(第13・第14・第15・第16師団)を新編し、講和圧力のために、樺太へ上陸・占領した。 これを知った大山巌満州軍総司令官は児玉満州軍参謀長と協議し、児玉を急ぎ東京へ戻して戦争終結の方法を探るよう具申した。目先の勝利に浮かれあがっていた中央の陸軍首脳はあくまで戦域拡大を主張したが、日本軍の継戦能力の低さをよく理解していた海軍大臣山本権兵衛が児玉の意見に賛成し、ようやく日露講和の準備が始められることとなった。

日露の講和を促そうと、アメリカ合衆国大統領のセオドア・ルーズベルトが駐露大使のマイヤーに訓令を発し、ニコライ2世に謁見させたが、バルチック艦隊の実情をよく知らなかったロシア宮廷には、「バルチック艦隊が思い上がった日本に鉄槌を下すであろう」という希望的観測から講和を渋る声があった。そのため、いったんは日露講和は頓挫する。 しかし、5月日本海海戦において日本海軍が完勝すると、アメリカ合衆国の調停によって両国は交渉の席に着き、9月、休戦が成立。10月、ポーツマス条約が批准され、日露戦争は終結した。

2009年04月30日

発掘例は未だ確認

発掘例は未だ確認されていないが、商品経済が発展していく中で渤海では貨幣が使用されていたと考えられている。それは大武芸が日本に送った国書の中で「皮幣」の文字を使用していること、873年に日本で貿易を行った際に、賜銭を得て日本の物産を購入していること、滅亡に際して耶律阿保機が「獲る所の器、幣」を将士に分け与えたことからも物々交換の段階を超え、貨幣が流通していた事を示すものと考えられている。

渤海は唐に対して何度となく使者を送り、それに付随して留学生を唐へ送り文化を吸収させ、持ち帰らせた。この事により渤海の上層部は儒教的な教養を得、それを元に国政に当たったと思われる。
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前述したように日本との通使も行われており、初期は新羅・唐に対する軍事的な牽制の意味合いが強かったが後半になると儀礼的・商業的な意味合いが強くなっていった。実態は別として渤海からの使節を日本は朝貢であると認識しており、日本側は渤海側の使者を大いに歓待をしており、この財政的負担がふくらんだために後期では12年に1回と回数の制限も行われている(遣渤海使)。また、その際に日本との文化交流が積極的に行われている。一例として菅原道真と渤海の使者との間で漢詩の応酬が行われたとの記録がある。

宗教的には仏教の信奉が篤く、首都上京の遺跡からは多くの寺・仏教関係の建物が発見されている。

渤海文化は唐の影響が非常に強いが、高句麗文化の継承もされており、二つの文化から独自の文化を作り出している。

渤海の教育制度は唐制に倣ったものであったと推察される。日本に派遣された渤海使の随員のなかに大小さまざまな録事官が設けられていおり、また渤海滅亡後に建国された東丹国に広く博士や助教が設置されていたことから、これら官職に類似するものが渤海にも設置され、それは唐制に類似するものであったことを窺わせる。

また上流階級では女子に対する教育も実施されていた。これは貞恵公主や貞孝公主の墓碑に「女師」の文字があることから推察されている。

これらの教育制度により育成された人材は、一部が唐に留学し、科挙に及第する者を輩出するなど、相当な教育水準を有していたと考えられる。

2009年04月15日

騎馬技術を獲得

遊牧民(ゆうぼくみん)あるいは遊牧民族(ゆうぼくみんぞく)とは、人類の生活類型の二大区分である移動型と定住型のうちの移動型の牧畜(遊牧)を生業とする人々を指す。

似た概念に移牧民があるが、こちらは季節ごとに移動しても定住地を持つ点が異なる。英語では、ノマド(nomad)がほぼ相当する言葉だが(語源はギリシア語のノマデス νομάδες)、牧畜以外の生業を取る移動型の人々(ジプシー等)を含んでいる。

遊牧民の存在は人類の歴史に大きく影響を与えてきた。特にユーラシア大陸の歴史においては、西アジアで牧畜の場を定住集落から離れて拡大する集団、すなわち遊牧民が誕生したことと、中央ユーラシアで遊牧民が騎馬技術を獲得したことの2つは、歴史の流れを大きく変えたと言える。軍事的には遊牧民は騎兵を中心とした戦術を取った。

家畜を時間と空間的に移動させながら植生、水、塩分などの自然資源を利用する生活と生産様式。

遊牧民は、一箇所に定住することなく、居住する場所を一年間を通じて何度か移動しながら主に牧畜を行って生活する。

多くの場合、1家族ないし数家族からなる小規模な拡大家族単位で家畜の群れを率い、家畜が牧草地の草を食べ尽くさないように、その回復を待ちながら、定期的に別の場所へと移動を行う。

遊牧民は定住型の人々からは一般にあてどもなく移動しているかのようなイメージを抱かれやすいが、実際には拡大家族ごとに固有の夏営地・冬営地などの定期的に訪れる占有的牧地をもっていることが普通で、例年気候の変動や家畜の状況にあわせながら夏営地と冬営地をある程度定まったルートで巡回している。

遊牧民の生活している地域は乾燥帯・ツンドラなどおおよそ農耕には向かない厳しい気候であるため、もっとも厳しい冬を越すための冬営地では数十から数百の家族単位で集団生活を営む例が多い。

遊牧民のもうひとつの特徴は、生活に交易活動が欠かせないことである。そもそも遊牧生活では、ミルク・毛皮・肉などを入手することは容易だが、穀類や、定住を要する高度な工芸品を安定的に獲得することが困難である。そのため、多くの場合、遊牧民の牧地の近辺には定住民、特に農耕民の居住が不可欠である。そのため、遊牧民は移動性を生かして岩塩や毛皮、遠方の定住地から遊牧民の間を伝わって送られてきた遠隔地交易品などを隊商を組んで運び、定住民と交易を行ってこれらの生活必需品を獲得してきた。一見素朴な自給自足生活を送っているような印象を受ける遊牧民の牧畜も、ヤギやヒツジ、ウマといった商品性の高い家畜の売買によって成り立ってきた部分は大きい。

歴史上の遊牧民 [編集]
世界史上、もっとも大きな影響を及ぼした遊牧民は、東ヨーロッパのバルカン半島や西アジアのアナトリア半島から黒海北岸平原・キプチャク草原・アゼルバイジャン・カフカス・イラン高原を経て中央アジアから北アジアのモンゴル高原まで至るY字の帯状に広がった騎馬遊牧民たちである。彼らは、キンメリア・スキタイの時代から、匈奴・パルティア・モンゴル帝国などを経て近代に至るまでユーラシア大陸全域の歴史に関わり、遊牧生活によって涵養された馬の育成技術と騎射の技術と卓越した移動力・騎兵戦術に裏打ちされた軍事力で歴史を動かしてきた。

まとまった勢力として文献資料に初めてあらわれるのはキンメリア人であり、紀元前9世紀頃、南ロシア平原に勢力を形成したとされる。これに次ぎ、同じく南ロシア平原にスキュタイ人が現れる。スキュタイ人については、ヘロドトスの書物の記載が有名である。同じく歴史に登場するアケメネス朝もまた遊牧民を支配層とした国家である。このスキュタイとアケメネス朝が後に続く広域国家の二大源流といわれる。

4世紀頃にフン族が引き起こしたゲルマン民族の大移動が西ローマ帝国が滅亡した大きな要因であると言われてる。

13世紀頃、モンゴル帝国は中国・中央アジア・中東・東ヨーロッパを支配するなど、強大な軍事力でユーラシア大陸を席巻した。モンゴル高原に割拠した遊牧民の部族は「モンゴル」・「メルキト」・「ナイマン」・「ケレイト」・「タイチウト」など。

近代以前のほとんどの広域国家・帝国には遊牧民が関与している。中華帝国を例に取れば、漢・宋・明以外は遊牧民の王朝そのものか、その援助によって成立していた。[要出典] ただし、漢もまた武帝以前は匈奴の属国も同然であり以後も姻戚関係にあり続けた。しかし、匈奴は1世紀に南北に分裂し、南匈奴は中華帝国の後漢に服属し、北匈奴は後漢・烏桓・鮮卑に滅ぼされた。ゲルマン民族の大移動を引き起こしたフン族が北匈奴の残党であるという説は有名である。そして、烏桓も中華帝国の魏に吸収された。しかし、中華帝国の西晋は南匈奴系の劉淵に滅ぼされた。さらに宋の建国の背景となった中核軍事集団は沙陀突厥系の遊牧民軍団を源流としていた事と、明が王朝の軍事力として多くのモンゴル集団を取り込んでいることを考慮すると、遊牧民の支配を跳ね返した漢民族王朝と呼ばれることの多いこれら二王朝も、その政権維持を支える軍事力の背景は遊牧民の影とけっして無縁ではない。

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